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広島高等裁判所 昭和51年(う)242号 判決 1977年3月22日

被告人 (株)オートリ 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人鄭鵬煥作成名義及び弁護人岡田俊男、同関元隆連名作成名義の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

被告人鄭鵬煥の控訴趣意中法令適用の誤りを主張する部分について。

所論は、要するに、本件は極めて軽微な事案であるから、検察官は本来ならばこれを不起訴処分にすべきであるにもかかわらず、被告人鄭鵬煥(以下被告人鄭という)が韓国人であるがゆえに公訴を提起したもので、本件公訴は憲法第一四条に違反するから、公訴提起の手続は無効である。また本件は起訴状に記載された事実が真実であつても、何ら罪となるべき事実を包含していない。検察官は、被告人に迅速な裁判を受ける権利を保障した憲法第三七条第一項に違反して、同被告人が本件容疑により逮捕されてから一年九ヶ月後に、公訴権を濫用して公訴を提起した。このように本件公訴は違憲違法であるから、原審は公訴棄却の裁判をすべきであるにもかかわらず、これを看過して同被告人を有罪とした原判決には法令の適用を誤つた違法があるというにある。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、被告人株式会社オートリ(以下被告人会社という)及び被告人鄭の起訴状記載の行為が、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下本法という)に違反することは後記のとおり明らかであり、犯罪の性質、態様に照らせば、検察官が本件を起訴した処分に違法、不当のかどは認められない。本件が極めて軽微な事案であるということもできず、検察官が、被告人鄭が韓国人であることのゆえに、あるいは公訴権を濫用して本件を起訴したと認めるに足る証拠は全く存しない。また同被告人が本件容疑により逮捕されてから一年九ヶ月後に公訴を提起されたとしても、公訴時効が完成していない以上この一事をもつて違法ということはできない。以上のとおりであつて、本件公訴の提起じたいには所論のように違憲違法のかどはなく、被告人らを有罪とした原判決は正当であつて、所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

被告人鄭の控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤りを主張する部分について。

所論は、要するに、本件は被告人会社が建設省太田川工事事務所長から砂利採取の認可を受け、砂利を採取した跡地を埋め戻すために廃棄物を投棄したものであるから正当な業務行為であり、また廃棄物を投棄したのは短期間で、本件埋め戻しが完了すればその後は投棄する意思はなかつたのであるから、廃棄物の処分を業として行つた場合には該当しないにもかかわらず、これを正当な業務行為と認めず、産業廃棄物の処分を業として行つた旨認定した原判決は、事実を誤認しひいて法令の解釈適用を誤つたものであるというにある。

そこで記録を調査し、当審における事実調べの結果をも加えて検討するに、原判決挙示の諸証拠を総合すれば、原判示事実は所論業務性の点をも含めて優にこれを肯認することができる。なるほど被告人会社が建設省太田川工事事務所長から本件現場における砂利採取の認可を受けて砂利を採取し、その跡地を埋め戻したものであり、被告人鄭が被告人会社の業務として右埋め戻しをしたものであるけれども、被告人会社が右工事事務所に提出した採取計画認可申請書には、埋め戻しは山土で行う旨記載されており、右工事事務所長からその趣旨で認可を受けていたにもかかわらず、被告人鄭は、広島市長の許可を受けないで、本法により規制の対象とされている産業廃棄物である汚でいを、砂利を採取した跡地に投棄して埋め戻しを行つたものである。この行為が前記のとおり埋め戻し行為であるからといつて、直ちに正当な業務行為であるなどということはできず、本法の規制が問題となることはいうまでもない、また同被告人は、原判示のとおり、昭和四八年八月六日ころから同年一二月九日ころまでの間、約二六五回にわたり合計一、三〇六、〇〇〇キログラムの汚でいを、依頼者から料金を徴収し残土捨券なるものを発行し反覆して本件現場に投棄させたものであつて、たとえ同被告人が、本件砂利採取跡地の埋め戻しが完了すれば、その後は汚でいを投棄する意思はなかつたとしても、同被告人のかかる行為が産業廃棄物の処分を業として行つた場合に該当することはいうまでもない。それゆえ原判決には所論のような過誤はなく、論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中事実誤認を主張する部分について。

所論は、本件において投棄された物件は単なる泥水であつて、本法にいう産業廃棄物である汚でいに該らないにもかかわらず、これを産業廃棄物である汚でいと認定した原判決は事実を誤認したものであるというにある。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、原判決挙示の諸証拠を総合すれば、被告人鄭が本件砂利採取跡地に投棄させた物件が、本法にいう産業廃棄物である汚でいに該ることは明らかである。すなわち、右証拠によれば、本件砂利採取跡地に投棄された物件は、広島市内あるいはその近郊の建築工事現場や国鉄新幹線工事現場から排出された、いわゆるアースドリル工法によつて建築基礎工事を行う際使用されるベントナイトの廃溶液を含んだ泥水で、水分は約三九・六パーセント、水分除去後の鉱物質は約九五・九パーセントであり、粒子の直径は、〇・〇七五ミリメートル以下のものが約一二パーセント、〇・一五ミリメートル以下のものが約二一パーセント、〇・三〇ミリメートル以下のものが約一八パーセント、〇・八五ミリメートル以下のものが約二一パーセント、二・〇ミリメートル以下のものが約二三パーセント、二・八ミリメートル以下のものが約五パーセントの割合であつて、珪素、カルシウム、鉄、マグネシウム、アルミニウム、カリウム、ナトリウムを含有するものであることが認められる。ところで本法第二条第三項にいう産業廃棄物である汚でいとは、同法第一条所定の立法目的に照らすと、事業活動に伴つて生ずる廃棄物で、工場廃水等の処理後に残るでい状のもの、各種製造業の製造工程において生ずるでい状のもの及び工事現場等から排出される含水率が高く粒子の微細なでい状のものをいうと解するのが相当である。本件廃棄物は、建築工事現場あるいは国鉄新幹線工事現場から排出されたもので、含水率が高く粒子も微細であつて、同法にいう産業廃棄物である汚でいに該ることは明らかである。所論は、汚でいとは有害、有毒な物質を含有するものをいうと主張するけれども、本法の立法目的及び本法第二条の規定に照らせば、産業廃棄物は、事業活動に伴つて生じた汚物又は不要物であつて固形状又は液状のものをいうのであつて、その物件が有害、有毒であるか否かは、その物件を産業廃棄物である汚でいと認定するについて全く関係がない。たとえ本件廃棄物に有害、有毒な物質が含有されていないとしても、これを汚でいと認める妨げとなるものではない。原判決の判断は正当であつて、所論のような過誤は存しない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤りを主張する部分について。

所論は、要するに、被告人鄭は、広島市職員から本件廃棄物を投棄するについて広島市長の許可は要しない旨の回答を得ているのであるから、同被告人には本件行為が違法であることの認識がなく、従つて本法違反の故意が認められない。本件行為を実質的にみても、社会的相当行為として容認し得る場合であるから、違法性が阻却される。また本件のような事情のもとにおいては、同被告人には本件所為以外の行為にでる期待可能性がない。それゆえ被告人両名の本件行為は罪とならないにもかかわらず、これを有罪とした原判決は事実を誤認しひいて法令の適用を誤つたものであるというにある。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、原判決挙示の諸証拠を総合すれば、被告人鄭が、本件廃棄物を投棄することが本法に違反することを認識し、同法違反の故意を有していたものと認めるに十分である。すなわち、本件当時広島市環境事業局管理産業廃棄物係長をしていた原審証人内海巌の証言によれば、「昭和四八年九月か一〇月ころ、寿下水という会社の園田という人が、産業廃棄物の収集、運搬業の許可を得たいと言つて来たので、投棄場所を確認するため本件現場に行つたところ、直径二〇メートル位の深い穴の中に建築基礎汚でいのような物が投棄されていたので、管理人に対し、こういうことをすると地下汚染の危険があるため、コンクリートで穴の周囲や底を固めたうえで正規の届出をしないと問題になるから社長にその旨伝えるよう注意したこと、その後被告人鄭から電話がかかつたので、本件現場に汚でいと思われるような物を捨ててはいけないと注意したところ、同被告人は、県の方の許可を受けているのだから別に問題はないと答えたこと」が認められ、これに反する原審証人川本清司、同坂本隆子、同中野明の各証言、被告人鄭の捜査官に対する供述調書並びに原審及び当審における供述はたやすく措信し難い。また、昭和四七年八月に広島県衛生部公害対策局長から被告人会社に対し、産業廃棄物処理業の許可について指導を受けたことも認められる。右のとおり被告人らは、広島県衛生部公害対策局長から指導を受けたり広島市役所職員から、本件現場に本件廃棄物を投棄することが本法に違反する旨聞き知つたにもかかわらず、その後もこれを投棄し続けたもので、被告人鄭に違法性の認識がないなどとはいえない。また同被告人が本件現場に本件廃棄物を投棄させていることを知つた建設省太田川工事事務所職員から、昭和四八年二月ころから再三にわたり、河川管理上支障があるため本件廃棄物の投棄を中止し、埋め戻しは計画書に記載されているとおり良質の土をもつて行うよう指示を受け、また前記のとおり広島市役所職員からも本件廃棄物を投棄してはいけない旨注意を受けているにもかかわらず、その後もこれを投棄し続けたもので、その量も多量である。近隣住民に対し悪影響はないこと、本件現場の土地所有者の同意を得ていること、他の砂利採取業者もかかることを行つていること、建築工事現場から排出される泥水を処理する必要があつたことなど所論が指摘する事情を考慮してみても、本件行為が社会的相当行為であるとか、同被告人にこれ以外の所為にでることにつき期待可能性がないなどということはできない。被告人らを有罪とした原判決の判断は正当であつて、所論のような過誤は存しない。論旨は理由がない。

以上のとおりであつて論旨はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮脇辰雄 野曾原秀尚 岡田勝一郎)

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